“パブリンガル”で世の中に新風を! 官民双方を知る起業家が「真の官民連携」を目指し立ち上がる
東京大学から経産省官僚という輝かしいキャリアを飛び出して選んだ起業という道。立場が変わっても抱き続けていたのは「社会に役立つことをしたい」という初志でした。
みらいワークスがお届けする「プロフェッショナリズム」、今回のインタビューは栫井(かこい)誠一郎さん。
新卒で入った経済産業省を6年間勤め上げた後、起業。現在は官民連携のビジネスを志して活動中の栫井さんに、5月に開催した「みらコミュ」においてスピーチをしていただきました。テーマは『官と民の複線的なキャリア形成と、官民連携の推進について』。今回のインタビューでは、独立・起業の経緯や今後目指している社会像などのお話はもちろん、言葉の端々から伝わってくる栫井さんの行動力や決断力に、思わず勇気づけられること間違いなしです。
栫井 誠一郎
今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント
東京大学工学部卒業後、経済産業省に入省。2011年に退職し、株式会社ケイテックパートナーズを創業(現在は、株式会社Publinkに社名変更)。2013年には株式会社Zpeerを共同創業し、2017年に退職。現在は株式会社Publinkにおいて、国や自治体とのコラボレーションや、制度の活用による新規事業立ち上げも含めた事業開発コンサルティングに従事。
◆株式会社Publink https://publink.biz/
◆「みらコミュ」スピーチの様子はこちら:https://mirai-works.co.jp/topics/news113/
栫井 誠一郎
経産省を飛び出し、実践で経営を学ぶために起業
新卒で経済産業省に入省し、6年勤務したのち起業された栫井さんですが、独立はいつ頃から考えていたのでしょうか?
栫井さん(以下、敬称略):特に昔から独立したいと思っていたわけではなく、最終的に決断したのは経産省を辞めることを決めた後でした(笑)。学生から社会人になる時点では、世の中にどんな業種があり自分の適性は何なのか、というのはなかなか想像できませんよね。それゆえに自分の理想のキャリアパスも描けない。僕もそうだったので、それを探すためにも、まずは広い視野で世の中を見ることができる経産省という場で、切磋琢磨して視野を広げようと思っていました。
その後、26~27歳くらいの時に「どうすれば“いつ死んでもいい”と思えるくらい、満ち足りた人生を歩めるだろうか」と考えるようになりました。そして、「社会を良くして100万人から感謝されたら死んでもいいと思えるかもしれない」、「そこに近づくための最短距離とはどういうキャリアだろうか」と考えていく中で、一旦役所を離れていろいろな分野に挑戦し、最終的に「官と民をつなぐ役割を担う」というキャリアこそが自分のやりたいことなのではないか、と思ったのが起業のきっかけですね。
省庁という閉じられた世界の中にいると、視野の広さや成長が滞ってしまうのではという不安感もあったということでしょうか?
栫井:成長は省庁にいてもできたと思いますし、人脈もどんどん広がって大きな仕事もできたとは思います。ただ、「数字を稼ぐ」という環境にいないと身に付かない感覚もきっとあるだろうとは感じていました。マーケティングやマネジメントといったさまざまなノウハウも、数字を追うという取り組みの中で進化してきたものだと思うので、それを体感しないことには駄目だなと。
そのタイミングでは民間企業に転職するという選択肢もあったかと思うのですが、敢えて起業を選んだのはなぜだったのですか?
栫井:「世の中に一人裸で放り出されても、食べていける人間になりたい」という想いがベースにありました。その上で、省庁にいた頃は「所詮官僚だからビジネスはできないだろう」と思われていることを暗に感じるシチュエーションがあり、悔しさを味わうこともあったので「組織から離れてもきちんとやっていけることを証明したい」「そのためにチャレンジしたい」という想いがあったのも理由の一つです。
もう一つ、経営者だった祖父の背中を見てきたことも大きいですね。つい先月亡くなったばかりなのですが、何もないところから会社を立ち上げ大きくし、現場の人たちにも尊敬されていた祖父は、幼い頃から僕にとって理想の経営者でした。経産省を辞めるにあたり、「自分も尊敬する祖父のような生き方をして人生を全うしたい」と考え、そして出した答えが「“経営の力”を身に付けたい」という想いでした。
「世の中にインパクトを残して周囲から感謝されるためには、“経営”ができるようにならなければ」ということで、戦略系のコンサルティングファームへの転職を考えた時期もあったのですが、結局はあまりしっくりこず、最終的には「一人で会社を立ち上げてすべてのことを自分でやったら身に付くに違いない」という結論に至りました。
なるほど。「実践こそが一番の近道である」と結論付けたわけですね。
栫井:そうです。もはや“経営のOJT”ですね(笑)。でも今振り返ってもその決断は正しかったと思います。数字の感覚も営業の感覚もなによりやってみるのが一番だなと。システムの知識も、仕事を取ってきた後に必要な本を読んで習得していましたからね。
省庁を辞めて起業し、いきなりITエンジニアとして仕事を受託するという、ある意味行き当たりばったりの戦い方にも思われますが、「この戦い方でやっていける」と感じたのはどの時点だったのでしょうか?
栫井:実は、初めからずっとやっていけると思っていました(笑)。もちろん「仮に失敗しても、やりたいことを思い切りやりきって失敗したのであれば、学ぶものはあるし成長もするはずだ」とは思っていましたし、なにより根拠のない自信というか「何とかなるだろう」というような気持ちもありました。
しかし東大から経産省という輝かしいキャリアを捨てての起業となると、ご両親はじめ周囲から反対の声は多かったのではないですか?
栫井:ものすごく反対されましたね。当時まだ元気だった祖父にも怒られました。「自分は戦後の焼け野原の中で仕方なく起業したのだ、でもお前は違うだろう」と。辞めて3年くらいは親戚中から「馬鹿な道に進んでいるな」と思われていたのですが、友人と共同創業した株式会社Zpeerがメディアに取り上げられるようになってからは風向きが変わりはじめ、「あいつは一つの組織には収まらない奴なのだ」という好評価に転じました(笑)。
世の中にインパクトを与えた実績を作るため、株式会社Zpeerを共同創業
株式会社Zpeerを共同創業した藤本さんとはどのような経緯で知り合ったのですか?
栫井:数年前から参加していたクロスメンターシップという活動を通して知り合いました。たまたま隣の席に座っていたので、その時は名刺交換をして少し話した程度だったのですが、その1週間くらい後に「一緒に会社を作らないか」と誘われたのです。彼は当時既に「獣医師向けのニッチな専用メディア」を作り、B to BのデジタルマーケティングをサポートするというZpeerのビジネスについて構想を練っていたのですが、実際に立ち上げるにはITがわかる人が必要ということで僕に声をかけてくれました。コーヒーを飲みながら30分程度話しただけだったのですが、「いいよ、やろう!」と二つ返事で引き受けました。
とてもフットワークが軽いですね!即断で引き受けたのはなぜだったのですか?
栫井:「タイミングが良かったから」の一言に尽きますね。28歳で経産省を退職し、「20代は修行をしよう」と2年間自分の会社でシステム受託やプロジェクトマネジメントをやり、受託ビジネスを経験した上で、30代の前半は何らかの実績を残したいと思っていました。将来官民連携のビジネスをやるために「受託ではない独自のサービスで世界にインパクトを与えたい」と。そのタイミングでちょうどチャンスが巡ってきて、しかもそれが事業性と社会性を両立した素晴らしい構想だったこともあり「これはいいな!」と思ったのです。
その株式会社Zpeerも昨年末をもって退職されたそうですが、それはどのようなきっかけで決断されたのですか?
栫井:もともと官僚を辞めた時から「20代はトレーニングをし、30代前半はビジネスの世界で実績を作り、35歳から官民連携の難しい分野にチャレンジしよう」と決めていて、その35歳の誕生日が昨年11月だったというのが直接の理由です。
「将来は官民連携のビジネスをやりたい」、「そのためにもZpeerで実績を作りたいし学びも得たい」という話は創業した頃から他の経営メンバーに伝えていました。退職する1年くらい前からは会社の方向性についてもいろいろ本音で話し合い、イグジットを目指すのか、M&Aや上場の可能性はあるのか・・・等々。
自分としてはイグジットまで一緒にやり切った上で官民連携のビジネスに移る、というのが資金面からいっても理想的ではあったものの、腰を据えて企業価値の拡大に取り組みたいという意見もありまして。ならば、一旦離れてお互いの目指すところに向けそれぞれチャレンジする方が合理的なのではないかということとで、丁度、会社としても個人への依存率を低くして組織強化に踏み出す時期に来ていたこともあり、退職に至りました。
ご自身が描いていたキャリアパスと、会社の状況がうまく合致したタイミングが昨年末だったのですね。
栫井:働き方改革や官民連携が盛り上がりそうな空気を感じたというのもありましたね。7年前に経産省のOB会を立ち上げたのですが、そこでも現役の職員側から「交流していきましょう」というお声掛けが多くありましたし、最近では、平日の夜に会社を越えて交流するようなコミュニティがどんどん生まれていますよね。ちょうど先日もそういうコミュニティの一つに参加してきたのですが、世の中のそういった動きも間違いなく官民の壁を越えて何かをすることのモチベーションになると思うのです。そのようなこともあり「今だ!」と直感的に感じたのも、Zpeerを離れるきっかけの一つでした。
本質的な官民連携を目指して
では、現在は満を持して官民連携のビジネスに向けて動いていらっしゃるわけですね。具体的にはどういった活動をなさっているのでしょうか?
栫井:活動といっても、毎日いろいろな方にお会いして延々議論をしているだけなのですが(笑)。
2月から動き始めてこの4か月弱で300人ほどの方と意見交換する中で、官民連携におけるハードルはいろいろと分かってきました。その反面、わかりやすいブレイクスルーはなさそうというのが今のところの感覚です。さまざまな角度からじわじわと克服していく必要がありそうだなと。
中でも一番のハードルは、「やっている気になっている人が多い」ということだと感じています。官僚側にも「この業界の実力者の中にこんなに友達がいるし、意見交換もしている」と思っている人がいて、民間側にも「経産省のあの人を知っている」という人がいて、双方に「大丈夫、連携しているよね」という空気がある。でも、そうじゃないだろうというのが僕の感覚です。本当にやるべきことは、お互いに「理想の社会の実現」と「事業フィールドの拡大」を目指して突っ込んだ議論をし、それを一緒に作っていくということだと思うのです。
官僚と民間では話す言葉も文化も行動原理もすべて違うと思うのですが、今の「やっているつもりになっているだけの連携」は、言うならば英語と日本語でお互い片言で話しながら進めているだけのものだと思っています。本当に本質的な連携を生むためには、「理想の社会」を語る官僚の言語と「事業の拡大」を語る民間の言語、その双方を使えるバイリンガルのような人間が間に入って、翻訳や連携のサポートなどをしていく必要があるのではないかなと。そういう意味で、今僕が広めているのが「パブリンガル」というワードです。
非常に面白いですね!双方の言語を使えるという意味ですね。おっしゃるように多くのハードルが存在する中、長期的にはどういった展開を考えていらっしゃるのですか?
栫井:大きく二つあり、一つは「官民連携の機運を高めて実際にプロジェクトとしても始動させること」、もう一つは「官と民の間で人材のエコシステムを回すきっかけを作ること」です。
前者については、まず、例えば官と民で一緒にイベントを実施したり、共同で課題を見つけて社会にインパクトを与えるような取り組みを進めていったり・・・ということを考えています。官と民に限らず、複数省庁や自治体を絡めたり、場合によっては大学も入れたりしながら、どんどん進めていければいいなと。初めはイベントという形を取る予定ですが、その中で実際のプロジェクトが組成されて、民間側から「官僚側の事情がわかる人材がほしい」といった話が出れば僕自身も入っていきたいですし、官民両方の経験がある人材のコミュニティを作っておいて、そこから人を出していくということもできればいいなと考えています。
後者については、まずは官と民の人たちがお互いの価値観に触れながら一緒に活動できるような機会を作っていきたいと考えています。官僚にとっても民間企業や他省庁といったさまざまな場所で経験を積んで成長していくことは非常に大事だと思っているので、個人と組織双方にとって価値のある循環につなげていけたらと思っています。
素晴らしい取り組みですね。栫井さんの取り組みによって、世の中に新たな風が吹くのが非常に楽しみです。
栫井:大きなブレイクスルーを目指すのであれば、民間出身者が官庁の組織作りに関わるのが最も効率的だと感じています。結局のところ、省内しか経験していない中での意思決定ではドラスティックな変化は見込めないと思うので。お互いに人材を流動させることが官民双方にとってプラスに働くという認識が広まれば、いろいろなことが一気に変わるのではないでしょうか。とりあえずは地道にやっていくしかないのですが、10年以内にはなんとか形にしていきたいですね(笑)。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
東京大学から経産省官僚という、誰もがうらやむキャリアを捨てて起業の道へ進んだ栫井さん。その過程にはさまざまな“いばらの道”があったであろうにもかかわらず、多くの笑いを交えながら、サービス精神旺盛にお話をしていただきました。お話の随所に栫井さんのすさまじい行動力と決断力、そして時流を読む力が散りばめられていた今回のインタビューは、同様に独立・起業を志す方にとっても、多くの刺激と勇気を与えてくれる内容だったのではないでしょうか。
安定を捨ててでも、社会を変えるためにチャレンジすることを決めた栫井さんのように、日本の未来のために挑戦する人がもっともっと増えてほしい。私たちみらいワークスも、そんな願いを込めてこれからもプロフェッショナルの皆さんを応援してまいります。