独立、そして“人生を考える旅”へ 若きフリーコンサルタントが実践する“今の自分”に正直な生き方

作成日:2018年9月19日(水)
更新日:2018年9月19日(水)

理想の暮らしも仕事へのモチベーションも、生きていれば変化するのが当たり前。フリーランスという働き方は、そんな気持ちの移り変わりに正直に生きたいビジネスパーソンにとって最適なワークスタイルと言えるのかもしれません。

みらいワークスがお届けする「プロフェッショナリズム」、今回のインタビューは神原奨太さん。
コンサルティングファームとスタートアップを経てフリーコンサルタントとして独立した神原さん。なんとこれから、世界中のスタートアップを訪ねて回る旅に出るというタイミングでインタビューに応じてくださいました。
独立に至った経緯から、旅の計画、今後の展望に至るまで、笑いを交えた勢いのあるインタビューになりました。ぜひご一読ください。

神原 奨太

今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント

2012年7月、アクセンチュアに入社。戦略コンサルティンググループにて大手企業のデジタル戦略、グローバル展開戦略構築、外資系企業の日本参入戦略立案等のプロジェクトに従事。2016年3月にテラドローン株式会社に転職し、ドローンを利用した各種業務の事業開拓を担当。オーストラリアでの支社立ち上げも実施。2018年2月に独立し、フリーコンサルタントとして活動中。   ◆Twitter:@shotakam

神原 奨太

コンサルファーム、スタートアップを経て、人生について考える時間を確保するために独立

 

現在フリーコンサルタントとして活動中で、なんとこれから世界中のスタートアップを訪ねて回る旅に出るご予定の神原さんですが、独立するまでのキャリアはどのようなものだったのでしょうか?

神原さん(以下、敬称略):新卒でアクセンチュアに入社して、4年勤めた後にテラドローンというスタートアップに転職し、その2年後に独立しました。

学生時代から海外で働きたいという希望があり、かつ「何をやりたいか」ではなく「誰と働くか」が一番重要だと思っていたので、新卒の時はサマーインターンシップで「一緒に働きたい」と思えるような先輩方に多く出会えたアクセンチュアに決めました。ただ、“外資系”のアクセンチュアとはいえ日本支社である以上は、海外に行く機会はなかなかないのですよね。何度かご協力いただいた海外勤務の話もなかなか進みませんでした。そうこうするうちにテラドローンの立ち上げ話を聞き、「海外で働けて、手触り感のあるビジネスができる」という点に魅力を感じ転職を決意しました。

 

「手触り感のあるビジネス」とは具体的にどういうことですか?

神原:自分たちのプロダクトやサービスを作ってお客さまへ売りに行ったり、世論や市場を形成したりといった過程のすべてを自分が担当者になってやってみるということですね。コンサルファームでそれができないというわけではなく、新卒でコンサルティングファームに入ってジュニアコンサルタントとして働いたことしかなかったので、外でそういう経験を欲していたのだと思います。

 

なるほど。実際にテラドローンに入ってみて、求めていたことは経験できたのでしょうか?

 

神原:できました。本当に楽しかったですが、死ぬほど辛かったです(笑)。

新しい市場を作るには日本のいわゆる大企業を巻き込むことが必要不可欠でした。しかし、大きな企業、大きな組織と話をしようとすると時間がかかってしまうことも多いのですよね。大きな企業でブランドや社内外での過去の関係もあるので、どうしても調整が多くなってしまう。担当者の人はスピード感を持って話もできているのですが、「会社」としての話になると致し方ない。

 

ビジネスモデルも理解されていて、アクセルさえ踏めばスタートできる状態なのに、調整ごとであたふたしている間にシリコンバレーやヨーロッパで先に新たなサービスがリリースされてしまう。ニュースを知っては「自分たちもこれと同じサービスを考えていたのに」と悔しさを感じる場面も多く、辛いなぁと思うことが多々ありました。

もう一つ、これはスタートアップには共通の悩みだと思いますが、看板がほぼないに等しい状態で新規開拓をするというのはやはりしんどかったですね。幸いにもテラドローンの場合は、テラモーターズ(親会社)のブランドがありましたが、基本的には「よくわからないスタートアップから、しかも若造が来たぞ」、「偉そうに滔々と語りやがって」と思われているのをひしひしと感じていましたから(笑)。ただ、待っていても仕事は来ないのでやるしかありませんでした。今はだいぶ変わったようですが、創業当初は「ドローンって何ができるの? それってうちの会社に本当に利益になるの?」という感じでなかなか価値を理解してもらえませんでしたからね。

 

市場が形成されていなく、認知の無い中での営業活動はさぞかし大変だったのでしょうね。そこから現在の独立に至ったきっかけは何だったのでしょうか?

神原:2年間、非常に密度の濃い経験をさせていただき、最後の半年間はオーストラリア支社の立ち上げも担当させていただきました。一旦それが終わってキリもよかったので、立ち止まって今後の生き方や働き方を考え直そうと思ったのが退職のきっかけでした。独立しようと思って辞めたわけではなかったので、自分のマーケットバリューを客観視する意味も含めて転職エージェントにもお世話になりました。ただ、どこのエージェントも出てくる案件は似通っていて、「経歴や年齢を考えると、やはり会社員としてはまだまだ歯車にしかなれないのだな」とその時感じました。

 

でも、個人的にはもう少しエッジの効いたことを20代のうちにきちんとやり切りたい。その上で、その後も働きたければ働けばいいし、働くのは適度でゆったりした生活がしたいならそれもありなのではないか、と思いました。周りには既にみらいワークスやその他のエージェントを通してフリーコンサルタントとして活動している先輩も何人かいたので、自分の人生について考える時間を確保するという意味でも、「一度フリーで働いてみよう」と思い、独立を決意しました。

 

実際にフリーになってみて、生き方や働き方に対する考え方は変わりましたか?

神原:独立してから半年経ち、これから世界中のスタートアップを巡る旅に出ようと思っています。人生について考えるのは旅に出てからかなと。いちから事業を興したいのか、大きな企業で働きたいのか、もう少し別の人生を送りたいのか・・・自分が何をしたいのかというのも含めて、旅の間にいろいろと考えようかなと。

独り身で生きていく分には、お金はそんなに必要ではないですよね。独立してわかったのは、自分一人が楽しく暮らすためのお金はずーっと働き続けなくても担保できるということでした。贅沢をしなければですが。それなら、今のうちにやりたいことをやっておこうかなと思っています。

 

世界中のスタートアップを巡る旅へ

 

ご自身で事業を興すという選択肢も含めて旅の間に考えるとのお話ですが、今までに興味を抱いた分野があれば教えてください。

神原:学生時代からやりたいと思っていたのは「医療業界を外から壊すこと」「日本のホスピタリティを世界に輸出すること」の二つです。それに加えて今は、既存のものをドラスティックに変えるようなビジネス、それにフードテックにも興味がありますね。

インダストリーにはあまりこだわりはなく、「絶対にこれをやりたい」というものはないのですが、多くの方といろいろなことに挑戦する働き方をする中で何かが生まれるといいなとは思っています。何らかの原体験に基づいて一つのことをずっと続けている人のことは単純にすごいなと尊敬できるので。ただ、僕自身はどちらかというと、そういう人たちのスーパーサブとしてサポート役に回ることで好奇心を満たしていきたいという気持ちが強いです。

 

世界中のスタートアップを巡る旅という魅力的な計画、うらやましい限りなのですが、どういった分野の企業を回るかは決めていらっしゃるのですか?

神原:フードテック、AI、ブロックチェーン関連は行ってみる予定ですが、その他は地域によって進んでいる分野も違うので、国や都市のカラーに応じて見て回ろうと思っています。ロシアであればセキュリティ関連や資源関連、イギリスであればフィンテック、ドイツであればリテールテックあたりですね。AIやブロックチェーンのような横串で業界を大きく変えるような取り組みをしている人たちには、ぜひ会ってきたいです。今回は年内に回れる範囲で行こうと思うので、国・エリアごとにある程度絞って会うことになりますが。近い内に少しずつ内容を報告できるような媒体を立ち上げる予定です。

 

いろいろなものを見て、聞いて、触れているうちに自分の中で「これだ!」というものが見つかるかもしれないですね。

神原:そうですね。見つかったらそこからはそれにフォーカスしてやろうとは思っています。

最近は「原体験を振り返ることでやりたいことを見つけよう」という風潮が強いですが、個人的には過去の自分をどれだけ見つめ直してもあまり有意義なことが見つからない時も多くて。それよりも、いろいろなものに触れることによって何かが形成されてくればいいのかなと。

「すべての時間を取られてお金も入ってこなくても、やりたいと思えるレベルのこと」を見つけるというのは、現実的にはなかなか難しいですよね。やっぱりおいしいものも食べたいし、友達とも遊びたいですから(笑)。ですので、しばらくはそういうことも楽しみつつやりたいことの芽を育てて、「ここだ」というタイミングでそちらにフォーカスすればいいのかなと思います。

もちろん35歳くらいまでにはもう少し自分の能力も磨いておかなくては、という気持ちもあるのですが、単にそれを売るための人生でいいのかと自問すると、仮に明日死ぬと考えるとやはり心残りがあるなというのが正直なところなので・・・。

とにかく旅に出てみて、時間ができれば何か考えるだろうと楽観している部分もありますね。

 

「ライフシフト」の実践を目指して

 

確かに、計画的にキャリアを築いた人よりも「偶然の積み重ねが結果として素晴らしいキャリアにつながった」という人の方が多い印象がありますね。

神原:まずは登るべき山をたくさん見つけて、その上でどれに登りたいのかを決めなければいけないなと考えています。エベレストのような一番高い山に登りたい人もいるでしょうけれど、僕は例えて言えば「きれいな花が咲き誇っている山」に登りたいかもしれない。後になって「あれ?もう8合目まで登ってしまったけれど、本当に登りたかったのは別の山だったのでは」と思うくらいなら、ゆっくりでもいいので今のうちに下からいろいろな山をちゃんと見ておきたい。たくさんの山を知っている方がガイドとしては役に立つかもしれませんしね。登りたい山が決まれば、登り方に関しては「ヘリコプターで8合目まで行く」という考え方もありかなと思っていますけど(笑)。

 

ただ、ずっと山を見つけているとただの傍観者・コメンテーターになってしまうので、もちろん自分でも登ってみたりする。この辺は個人の価値観に基づくバランスだと思います。最近「ライフシフト」や「信用経済」といったワードが使われ始めていますが、実際に体験した人はどれくらいいるのでしょうか。だったら自分で1回やってみよう、という想いもあります。会社も辞めてタイミングもいいし、語るならやってみてから語りたいですから。まぁ、数年後には「あの時のことは若気の至りでしたね」とか言っているかもしれませんが(笑)。

その時にちゃんと「変化する」ということさえ怖がらなければ、やっていけると信じています。

 

是非とも3年、5年後に、ぜひまたお話を聞かせてください!  しかし、そういった決断が可能なのも組織に頼らずご自身で道を切り拓いていく力があるからこそだと思います。

神原:僕自身の力というよりも、新卒の時に成熟した業界の、しかもブランドもできあがっている会社で働けたことがラッキーだったと思いますね。いざとなったら今までの先輩方を頼って、何か手伝わせていただくことも可能ですから。みらいワークスも含めていろいろな環境が整っている時代に生きていることも、恵まれているなと感じます。人生のセーフティーネットを張ることができるだけで、取れるリスクもまったく変わってきますから。「リスクをとれ」と無責任に言う人、多いですよね。でも、どうしようもないほど逼迫した状況か、迸る情熱が溢れかえっている状況じゃない限り、リスクは最低限のリカバリープランを作ってから取るべきだと思います。

 

確かに、優秀な人たちが集まっているコミュニティにネットワークがあるというのは素晴らしい財産ですよね。そういう環境にいられること自体が恵まれているというのはおっしゃる通りだと思います。

神原:その点では本当に、今まで会えた全ての人に感謝しています。事業開発という自分が興味を持てる仕事にも出会えましたし。今のところ0から1を生み出す仕事よりも1を10にする仕事が好きなので、漠然としていてもいいので「これを売りたい」というものを持っている人たちと一緒に知恵を出し合うような仕事をこれからもやっていきたいですね。とはいえ、この気持ちも3年後にはまた変わっているかもしれませんが(笑)。

とりあえずは旅に出て、日本にあまり情報が入ってこないアフリカや南米のベンチャーも回り、帰国したら紹介も兼ねて日本企業を訪ねて回ろうかなと思ったりもしています(笑)。選択肢はたくさんあるので、楽しいと思えて、相手にも価値があることをやっていきたいですね。

 

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

終始「現在の自分」を客観視して「数年後は違うことを言っているかもしれません」と笑いながらおっしゃっていた神原さん。ご自身の気持ちまで含めて良い意味で“信用しない”姿勢が、現状に甘んじることなく挑戦を続ける原動力になっているのかもしれません。

生き方やモチベーションの変化に応じて働き方も柔軟に変えていく。未来を切り拓くための一歩を踏み出した神原さんを今後も応援していきたいと思います。