推しは「多様性」と「エンパシー」 自由と責任を謳歌する働き方を実現する起業家のキャリア

作成日:2022年1月7日(金)
更新日:2022年2月24日(木)

社会には、会社に雇用されて働く働き方が向いていると感じる方もいれば、雇用の枠に縛られない働き方を望む方もいます。「多様性」というと、国籍や人種、ジェンダーといった違いを思い浮かべがちですが、働き方に対する価値観の違いもまた「多様性」の一つといえるでしょう。

今回インタビューした嶋田文さんは、枠にとらわれない働き方、生き方を強く望んできたお一人です。
嶋田さんは高校生のときにアメリカに留学。大学・大学院で学んだあとはおよそ20年にわたってアメリカでそうそうたるキャリアを重ねてこられました。
現在は独立してカルチャーラボを創業し、東京を拠点に事業家として精力的に活動していますが、そのキャリアでは常に「多様性」をテーマにしてきたと語ります。

アメリカでのキャリア、カルチャーラボでの働き方、「多様性」と「エンパシー」を大事にする価値観などについて、率直にお話ししてくださった嶋田さんのインタビューをぜひお読みください。

嶋田 文

今回のインタビューにご協力いただいたプロフェッショナル人材・コンサルタント

16歳でアメリカに留学し、シカゴ大学、コロンビア大学院を卒業。以降約20年にわたり、ニューヨークの金融業界、コンサルティングファーム、テック業界でキャリアを重ね、金融グローバル大手CEO付イノベーション担当、大手テック企業の医療・金融CXOアドバイザー、MUFG 金融市場部門米州COO、トムソンロイター銀行証券テック グローバル戦略部長兼日本部長などを歴任。その後独立し、カルチャーラボ(Culturelabs.co)を創業。現在は東京を拠点に活動するかたわら、東京大学客員研究員も務める。   カルチャーラボ:https://culturelabs.co/  

嶋田 文

レールのない社会で頑張ることを選んだアメリカ留学

嶋田さんは高校生のときにアメリカに留学されました。留学しようと思ったのはどのような理由からでしょうか?

 

嶋田さん(以下、敬称略):一言でいうと「この不自由な社会は耐えられない」と思ったのです。日本では、人生における“こうあるべき進路”がレールのように敷かれていて、特に女性の場合は働き方や生き方の自由がない——。こういうイメージを、子供の頃から感じていました。

 

アメリカでは大学・大学院で学んだあと、およそ20年にわたりアメリカでキャリアを積んでこられました。アメリカは心地よい社会でしたか?

 

嶋田:海外といっても国によってさまざまですが、特にアメリカは移民の国ですので、いろんな考え方があって当たり前、いろんな人がいて当たり前というように、多様性が前提の社会です。そういう社会のよさはありました。

 

とはいえ、心地がいいかというと、やはりそういう面ばかりではありません。どの社会にいても、自分の居場所は自分でつくるもの。どのような場所、どのような社会でも、ある程度不自由のないような状況に自分をもっていく努力は必要です。最初の数年はもう「石の上にも三年」の気持ちで、そこでがんばるしかないという一心でした。留学って大変なんです。アメリカでがんばったのは、心地がよかったというより、ほかに行く場所がなかったというのが正直な実感です。

 

アメリカでなさってきた仕事についてお聞かせください。

 

嶋田:金融機関、コンサルティングファーム、テック企業といった業界の企業で、主に戦略プロジェクトの仕事をしてきました。大手企業7社でキャリアを重ねて、独立する前は金融系テック企業のグローバル戦略ヘッド、そのあとメガバンクのアメリカ大陸エリアにおけるビジネスラインのCOO職に就いていました。

 

仕事をしてこられた7社の企業には、正社員として入社されたのですか?

 

嶋田:私は「正社員」という言葉を使いたくないのですが、パーマネント(無期=期間の定めがない)でフルタイムの雇用契約を各社とその都度結び、仕事をしてきたというかたちです。

 

アメリカでは雇用契約の際、担当する業務や範囲、そのために求められる専門スキルなどが「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」として明確にまとめられ、その内容に基づいて仕事をすることになります。

 

私は日系企業に1回しか入ったことがありませんが、日本企業では「昨日まで人事業務を担当していた人が、今日からリスクマネジメント担当に配属される」といった異動がありますよね。人事とリスクマネジメントでは専門範囲が大きく異なるわけで、そういう配置変換はアメリカではあり得ません。

 

そうして、企業が求める「専門的なニーズにマッチした即戦力」として会社に入りますが、会社がそのポジションの人間を必要としなくなればすぐに“リストラ”となります。金融業界は特に、“リストラ”率が非常に高いです。

 

つまり、会社に入ったとはいえ、その契約がいつ終わるかわからないということです。私もそういう前提で仕事をしていました。入った会社にはもちろん貢献するつもりで仕事をしていましたが、他方では、その会社での仕事がいつ終わっても自分がキャリアを続けられるよう対応しなければなりません。

 

そのため、常に自分のスキルをベンチマークしながら、頭のなかではその会社での仕事をプロジェクトのようにとらえて仕事をしていました。ですので、プロジェクトベース的な働き方という意味では、独立する前と後でほとんど変わりがないのです。

 

そうして独立し、カルチャーラボを立ち上げられました。もともと独立志向があったのでしょうか?

 

嶋田:もう「生まれたときから」と言いたくなるほど小さい頃から、自分には会社員の働き方は向いていないと感じていました。それは人に雇われたくないからというよりも、いわゆる「普通の会社員」の生活や価値観をよく知らなかったからだと思います。

 

私の両親は建築デザインの事務所をやっていて、祖父はギネスに載るような特殊なタイプの会社員でした。そういう環境で入ってくる「普通の会社員」のイメージといえば、「毎日満員電車で通勤している苦しそうな人々」。身近でよく知ることができなかった働き方を、自分のものとしてイメージできなかったということだと思います。

 

独立したきっかけについて教えてください。

 

嶋田:一番大きいきっかけは、アメリカの永住権を取得できたことです。アメリカで働いて生活していくためには、就労ビザの取得が必要です。就労ビザもいくつか種類がありますが、私の場合は就業先企業がスポンサーとなることで取得できるタイプのビザを得ていました。もともと苦手だと感じていた会社員という働き方をとっていたのも、就業先に安定した大手企業を選んでいたのも、このためです。

 

雇用されて働いていても、同じ企業で働き続ければ、うまくいけば6年ほどで永住権を取得することが可能です。ただそのためには、永住権を取得するまで同じ企業で働き続ける必要がありました。私の場合は、戦略プロジェクト系という職種でキャリアを継続するためには、6年というスパンで同じ会社で働き続けることは困難でしたし、数カ月や1年かけるような旅行にも行きたかった。常に“そのとき”を優先してきた結果、永住権を取得することがかなわず、雇用されて働くという働き方を続けることになっていました。

 

けれど、結婚によって永住権を取得することができ、独立・起業という選択肢をとることが可能になったのです。加えて、日本にいる母が病気になり、今後はいつでもどこでも自由に働けるようにしておきたいと考えました。この条件がそろったことで、会社を辞めることを決断しました。

 

「多様性」と「エンパシー」で顧客とはたらく人をサポートする組織を起業

独立後はカルチャーラボを立ち上げられました。カルチャーラボではどのような仕事を?

 

嶋田:独立して自分に何ができるかと考えたときに2つ思い付いたのは、戦略や経営コーチング的な分野の仕事をずっとしてきたこと、常に「多様性」をテーマにして働いてきたこと。ですので、そういう分野で独立・起業しようと考えました。

 

最初はニューヨークで活動していました。まずは事例をつくらないといけないので、知人の大手企業CXOに仕事をもらったり、インターネットでSNSや広告を使って集客しスタートアップCEO向けにコーチングをしたりするなど、コンサルティングやコーチングのサービスを手がけていました。

 

その後、家庭の事情で日本に帰ることになり、2018年からは東京に活動の拠点を移しました。ニューヨークでは一人会社で、仕事を外部に委託しつつも基本は自分で仕事をしていました。他方、帰国後はメンバーを採用しプロダクトも開発して、事業家として組織や事業を形にしていくことに注力するようになりました。

 

現在のカルチャーラボの事業内容についてお聞かせください。

 

嶋田:主事業は、経営コンサルティングです。大手企業のチーフオフィサーレベルから、デジタル化をはじめさまざまな戦略的プロジェクトについて相談を受け、それに対してPM(プロジェクトマネージャー)やBA(ビジネスアナリスト)、デザイナー、IT開発者といった各分野の専門家がチームを組んで、顧客のプロジェクトをサポートしています。

 

当社では、コンサルティングサービスの一環として独自の「デザインスプリント」を自社商品として開発しました。これは、幅広い業種・専門分野から多様な知識・経験を有する専門家をメンバーとして集め、クロスファンクショナルチームを構成して、顧客の変革をサポートし結果を出すための手法です。こうした手法を活用しながら、顧客のご相談にお応えしています。

 

カルチャーラボ独自の「デザインスプリント」について詳しく教えていただけますか?

 

嶋田:「デザインスプリント」という名称は、もとは Google Venturesが生み出したもので、いわゆるデザインの「デザイン」と、短距離走を意味する「スプリント」を合わせたものです。もとはアプリ開発に特化した手法として生み出されたものですが、それを当社が改良しました。

 

カルチャーラボのデザインスプリントは「アジャイル」と「デザイン思考」に基づいたアプローチで、新規事業の立ち上げ、新製品開発、マーケティング戦略の立案、アプリ開発などにおいて、1〜2週間でアイデアをすばやく形にすることができるという手法です。当社ではこれを、業界を問わず、プロジェクトの上流から下流までどこでも使えることを追求しています。

 

デザインスプリントを活用した事例としては、ソーシャル事業アプリの開発を2週間で実現したというものがあります。

 

顧客は、国内大手グローバル企業のCEOやCXOがメンバーとなっている東京大学での会合で、ソーシャルイノベーションや今後の社会のあり方を話し合うセッションが続けられてきました。その分科会の一つでアプリを開発するという話がもちあがり、そこにカルチャーラボのデザインスプリントという手法を持ち込んで、事業の顧客体験のアイデア出しから顧客検証済みのアプリ本番化まで合計2週間で実現しました。

 

それから、外資系製薬会社の日本法人におけるイノベーションのサポートに、デザインスプリントを活用した事例もあります。

 

この製薬会社は「顧客中心」、つまり患者さん中心というところを推すために、治験や臨床試験といったプロセスで患者さんに新たな価値を提供するイノベーションを、効率化とともに実現できないかと検討していました。そこで、顧客のプロジェクトチームに対するデザインスプリント研修から、課題の問いかけ、顧客インタビュー、ストーリーボードによる検討結果の可視化というところまで、1週間で実現しました。

 

デザインスプリントの肝は、1〜2週間という短期間で形にすること。そのためには、顧客企業の担当者が権限をもった状態で参加し、その場でみんなで決定することが大切です。「持ち帰って上に確認します」といったことのない世界が、デザインスプリントという手法です。

 

カルチャーラボの強みや大切にしていることがあれば、教えてください。

 

嶋田:当社の強みは、「多様性」と「エンパシー」です。「多様性」はダイバーシティ。いろいろな人たちのことを理解して、いろいろな人たちが一緒に仕事をするという意味です。「エンパシー」は、「共感」「感情移入」などと訳されることが多いですが、私は「つながる力」と言っています。多様な人たちとつながるためには、つながる力が必要です。つながるためには、黙ったまま理解を求めるのではなく、表現して理解し理解されようと努めることが必要ですよね。そういうところがエンパシーの部分です。

 

我々がこの2つを大事にする理由は2つあって、1つ目はそのほうが顧客ファーストになれるということです。どんどん変わっていく社会においては、お客様のニーズも、どんどん変わっていきます。多様性の理解とエンパシーがあると、顧客のニーズの変化を拾いやすいと考えています。

 

理由の2つ目は、多様な性質や知識を持ったメンバーたちが協力できるようになるこということです。当社では、技術の専門家、デザインの専門家、ビジネスの専門家といった幅広い分野のメンバーでチームを構成して顧客の案件をサポートします。そのメンバーは違う社会、違う言語圏で生きてきた人であるかもしれませんし、今は対面したことのないままオンラインで協働するといったケースもあります。そういう状況では、多様性の理解とエンパシーが不可欠です。

 

お互いに理解し合いチームとして協働できるようになれば、専門知識やスキルを最大限発揮して顧客をサポートできるようになります。そうなれば、カルチャーラボは、顧客の変革を妨げていた“壁”を壊す力になることができます。デザインスプリントにおけるクロスファンクショナルチームも、多様性とエンパシーがあってこそ成り立つものです。

 

■デザインスプリントの詳細はこちら

ソーシャル事業アプリ、アイデアからMVP本番化まで2週間

http://culturelabs.co/casestudy/0510/

 

新薬治験デザインスプリント

http://culturelabs.co/casestudy/clinical_trial/

 

自由と責任を謳歌する働き方が広がれば、自分も社会も変化しやすくなる

カルチャーラボのメンバーは、プロジェクトごとに必要な人材を募っておられるのですか? 

 

嶋田:そうですね。コアなメンバーが何人かおり、そのメンバーに加えて、「このプロジェクトにはこういうスキルが必要だな」となったら、そのスキルと経験値のある人を見つけ出して、入っていただくというような感じが多いです。

 

1年間にわたる変革プロジェクトのような案件では、プロフェッショナルの方にフルタイムで入っていただいて、結果ずっと一緒に仕事をしているというような方もいらっしゃいます。対して、デザインスプリントを活用するような案件は期間が短いので、スピーディーに集まっていただき、あっという間に終わるようなパターンが多いです。

 

カルチャーラボでは、新しい働き方を推進されているそうですね。

 

嶋田:働き方はプロジェクトごとに決まりますが、基本はリモートで、場所と時間に縛られず自分らしく働いてもらえるようにしています。自由と責任を謳歌してもらえることを大事にしているのです。日本の企業で働く会社員は、概して自由度や成果責任が非常に低いですが、カルチャーラボはそれ以上のものを目指しています。

 

ただ、自由といっても何をしてもいいということではなく、自由には責任が伴います。「多様性」と「エンパシー」を尊重し、信頼関係を守って責任を担っていただく必要が常にある、そういう働き方です。その思いを表現するために、カルチャーラボで仕事をしていただく方のことを「社員」ではなく「メンバー」と呼んでいます。カルチャーラボが求めているのは、個の主体性が求められる働き方です。

 

今後はフリーランスのプロフェッショナルの方の採用を考えておられるとうかがいました。嶋田さんご自身は、フリーランスとして働くことをお考えになった時期はありますか?

 

嶋田:ありません。私は、雇用の枠に縛られない働き方は求めていましたが、フリーランスという働き方には特に興味はありませんでした。一人の力でできることには限りがあります。スキルの効果を最大限に高め、成果を上げていくためには、多様な分野の専門家たちがチームとなって動くほうが効果がありますよね。私が常に「多様性」をテーマとして働いてきたというのはそういうことです。

 

今は世界的に、経済格差、世代、ジェンダー、人種、環境といったいろいろな分野で、いろいろなレベルで分断が進んでいると思います。同時に、テクノロジーはじめ、社会の変化のスピードが激しい。そのなかで我々が生き方、働き方を考えるときに重要になると考えている要素が「多様性」と「エンパシー」なのです。

リンダ・グラットン氏の著書『ライフ・シフト』『ワーク・シフト』はベストセラーとなっています。この本で提唱されているような最先端の働き方を、嶋田さんはすでに実践されていらっしゃるのですね。

 

嶋田:私がこういう働き方を選択してきたのは性格によるもので、最先端かどうかはわかりません。リンダ・グラットンが著書で提示していたような働き方やカルチャーラボでの働き方は、自由を謳歌することはできますが、責任は軽くありませんし、ずっと走り続けないといけない。日本の「普通の会社員」のような“守られている世界”とは異なりますので、向いている人もいれば向いていない人もいると思います。

 

ただ、ビジネスパーソンが安定しすぎると、人自身にも組織にも国全体にも変化が起こりづらくなるのではないかと懸念します。社会の変化がすでに激しくなっているのに、国や組織や人が変化しづらいのは問題ですよね。人も長寿命化していますし、これからは個人としての変化も否応なく求められることになるでしょう。

 

リンダ・グラットン氏が『ワーク・シフト』のなかで、「連続スペシャリスト(serial mastery)」というキャリアを提唱しています。これは、高いレベルの専門性を身につけて実際にビジネスで生かすというプロセスを繰り返すことで、社会に対して価値を生み続けるというものです。

 

その働き方は、従来の日本社会で終身雇用を前提として、会社の中で自分の価値を高めていればよかった働き方とは対照的なもの。ですが、人生100年時代を生き抜くために、ビジネスパーソン一人ひとりが専門性をどんどん身につけて新しいことを常に手がけていくということは、今後必要になるのではないでしょうか。その取り組みが広がれば、社会的な変化も促されるでしょう。

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

多様性を前提とするアメリカ社会を選び、自身の居場所を努力でつかみとってこられた嶋田文さん。“こうあるべき”がレールのように敷かれ、特に女性は働き方や生き方の制限を受けることが今でも少なくない日本で、嶋田さんのお考えに共感する方も多いのではないでしょうか。

 

とはいえ、新しい場所で一から居場所をつくるというのは容易なことではありません。「多様性」と「エンパシー」を強みとし、多様な人材でチームを組むことで顧客を真の意味でサポートするというカルチャーラボのあり方からは、アメリカで努力を重ね、プロフェッショナルとして歩んでこられた嶋田さんの道のりが強く感じられました。

 

自由には責任が伴うことを意識して、自由と責任を謳歌できる働き方を大事にしているというお話は、非常に印象的でした。安定した環境に身を置いていると、変化を怖いものと感じることも少なくありませんが、嶋田さんのように変化を恐れず走り続け、自分に適した働き方を選択できるような社会をつくっていきたい——。そう感じるインタビューでした