プロダクト・アウトとマーケット・イン~大切なのは、正しく認識し正しく進むこと~
新商品や新サービスを立ち上げるにあたり、取るべきアプローチはどちらなのかというと、どちらも正しく、どちらも正しくない。場面に応じて”使い分ける”のが重要なのです。
プロダクト・アウトとマーケット・インという言葉はご存知でしょうか。これらの2つは相反する意味で使われることが多くなっています。
プロダクト・アウト(Product Out)は、企業が新商品や新サービスを作り出すうえで、市場のニーズなどは意識せずに、経営者や企業が作りたいと思っているもの、といった作り手側の理論や想いを優先して何かを生み出していく概念です。
マーケット・イン(Market In)は、市場の声や顧客のニーズに耳を傾け、世の中で必要とされているものを作り出していく概念です。
これらの概念は相反する考え方のように思えますが、新商品や新サービスを立ち上げるにあたり、どちらのアプローチが正しいでしょうか? おそらくはどちらも正しいですし、どちらも正しくない、といったところでしょう。どちらも方法論としては正しく、場面に応じて使い分けるものだと思います。
極端な例を言えば、マーケット・イン的に顧客の声に耳を傾けていたらAppleはiPhoneを世の中に売り出そうと思ったでしょうか? 当時、どんな市場リサーチを行なっても、今のAppleのビジネスモデルにたどり着くようなニーズは出てこなかったのではないでしょうか。古い時代でいえば、SONYがウォークマンを世に送り出したのもプロダクト・アウトですよね。世の中にないものを生み出そうと思ったら、プロダクト・アウト的なアプローチを取らざるを得ません。
一方で、顧客の声に耳を傾けていたからこそ、生まれてくるサービスは多いです。1996年にスターバックスの1号店が銀座にオープンしましたが、ご存知の通りスターバックスではタバコは吸えません。遅れる事1年、1997年に同じく銀座に1号店をオープンしたタリーズは、喫煙者のニーズを満たすために、「タバコが吸えるシアトル系コーヒーのお店」というブランディングで展開し、現在も分煙の店舗構成が続いています。
私は、コンサルタントとして新規事業系のプロジェクトに何度か参画したのですが、市場調査や競合調査、他業界での事例など、マーケット・イン的なアプローチで新規事業の企画を立てることが多かったです。ユーザーの声に耳を傾け、その不満を解消するための新サービスを作り上げるといったアプローチは定石ですし、コンサルタントはそういったアプローチのほうが得意でしょう。クライアントのエグゼクティブに理解してもらい、承認をもらう為にロジックを積み上げて新しいものを作り上げるので、必然的にマーケット・インの手法でアプローチすることになります。
プロダクト・アウトの難しい点は、ニーズは顕在化しておらず、顧客に聞いても答えは出てこない点です。実際に商品やサービスを目にして、使ってみて、体験してみて初めてその世界観や価値がわかるとするならば、実際に世の中に出すまではそれが受け入れられるかはわかりません。その怖さを認識しながらも、世の中に新しい価値を提供する、新しい文化を創り出すことに「挑戦」することが、イノベーションを生みます。大いなるイノベーションを生み出す起業家は、そんな怖さなんて感じずに、むしろワクワクしてしまうタイプの方が多い印象もありますが。またプロダクト・アウトのアプローチは、大企業においては進めるのが難しい場面もあるかもしれません。
なぜこのビジネスをやるのか?市場規模は?ニーズはあるのか?・・・そんな質問に対して「これからの世界は、これを求めているはずだ。」なんてことを言い切って、新規事業の会議などで役員に承認してもらうのは、なかなか勇気がいる行動ですよね。もちろん本格的に立ち上げる前にプロトタイプを用意して、顧客の声を聴くことにより市場に受け入られるかを確認するアプローチをとる場合もあります。Webサービスなどをつくるときにも、ユーザーへ完成イメージを見せながら進めるようなアプローチは一般的ですし、そのほうが「出来てみたら全然違った!!」なんて事態も避けられますよね。
また、プロダクト・アウトでは、時間軸で取り組むのが早すぎる場合もあり、その場合は世の中がその世界観を理解するまで頑張り続けなければなりません。
個人的には、新規事業を立ち上げるにあたって事業を推進する人がどれだけ想い入れを持っているか、というのは重要なポイントだと思ってます。当然のように大変な時期もあります。そんな時でも、どれだけ自分たちが信じて進めるのか、踏ん張れるのかは、取り組んでいる想いの強さ次第です。そうなると、世の中にないアイデアを形にする、新しい世界観、新しい顧客体験を実現するようなアイデアを創る仕事は、外部コンサルタントがやる仕事ではなく、社内にいる人がやるべき仕事なのかもしれませんね。
外部コンサルタントが本当にその事業をやるべき、と思ったのであれば、クライアントにそのまま転職する、一緒にジョイントベンチャーを立ち上げる、同じようなテーマで起業する、といった行動に出ると思います。本当に強い想いを持っていたら、そのような行動をするべきですよね。DeNAの創業者である南場智子さんの著書「不格好経営」では、1999年に戦略コンサルティングファームのマッキンゼーのコンサルタントとしてソニーコミュニケーションネットワークの社長にネットオークションを立ち上げるべき、と勧める南場さんに対して、社長から「そんなに熱っぽく語るなら、自分でやったらどうだ」との一言をもらい、それが人生を変える事になった、とのエピソードから始まります。南場さんも強い想い入れを持って、“クライアントに”変えるアイデアを渡すのではなく、“自ら世の中を変えよう”と思った1人なのかもしれません。
新規事業を立ち上げる、新サービスを立ち上げる、ベンチャー企業を立ち上げるといった場面においては、これらのどちらのアプローチが正しいかという明確な答えはなく、場面に応じておのずといずれかのアプローチを選択することになると思います。例えば、何か成し遂げたいビジョンがあり、プロダクト・アウト的にビジネスを始めたとします。その時にはまだ市場ニーズは顕在化されておらず、世の中にはなかなか受け入れられないこともあるでしょう。しかしそれでもその世界観を作り上げたいと思って前に進み続けると、少しずつ理解されるようになってくる。やがて顧客が顧客を呼び、世の中に受け入られるようになってくる。この時点で他の企業が同じようなビジネスを始めようとしたら、これはマーケット・イン的なアプローチになりますよね。同じビジネスモデルでも、始めるタイミングによって、アプローチは変わります。
大切なことは、自ら進めている事がどちらのアプローチなのかを認識し、それに合わせた進め方をすることです。例えば外部とのコミュニケーションも、マーケット・インであればどこにニーズがあるのかを明確にすべきですし、プロダクト・アウトであればどんな世界観や顧客体験を実現したいのか、どんなビジョンを目指しているのかを示すべきです。
世の中を変えるというプロダクト・アウト的な発想と、市場ニーズを受け止めてより良いものを生み出すマーケット・イン的な発想、常に両方を持ち合わせていきたいと思います。